北・南アメリカ大陸

アメリカの歴史をおさらいしようぜPart2

13植民地の発展

ノリでマイペースにやっております、アメリカの歴史をおさらいしようぜシリーズ第2回です。

前回は、アメリカの発見と民族の流入についてお話しました。

今回は、13植民地と本国イギリスとの関係を中心に話を進めていきます。

 

なぜイギリスは植民地が必要だったの?

先ず、前回さらっと話したイギリスによる13植民地の建設を詳しくお話しするところから始めましょう。

そのためには、なぜイギリスが植民地政策をとり、どうやって運営したかを見ていかなくてはなりません。

 

元々は国内の政治的対立でアイルランドを征服・植民地化して以降、イギリスは植民地化に積極的になっていきます。

一度植民地化をすると、そこが原材料(綿花・木材・金etc…)や労働力(黒人奴隷)の供給・消費源となります。

又、そこに建設した町に住む人々や有力地主(ジェントリ)が富を蓄えると本国産の家具・雑工業品・消耗品等を購入して本国並みの生活水準を得ようとすることで本国を潤しました。

こうして、活発な経済循環が起こるため、国力の増大につながります。

植民地化を進めることで、疑似的に内需のキャパシティが増えることにつながったのです。

このような理由からイギリスは植民地政策を官民あげて推進していました。

同じように、ヨーロッパ各国も植民地拡大に力を入れており、インド・アフリカ・東南アジア・東アジア・北アメリカ大陸・南アメリカ大陸でも争奪戦が繰り広げられました。

 

 

13植民地の内情を詳しく

さて、このような背景の中で立ち上がった13植民地は北部と南部で違った特色を持っていました。

南部では、タバコ・米・藍の一大産出地であり、本国と植民地を潤しました。

加えて、その規模の拡大に伴って、黒人奴隷の需要も高まりました。

悲しいことに本国にはこの時に連れてこられた人々が先祖の方もいます。この問題は後にアメリカで人種問題の火種となります。

一方、北部ではイギリス本土の競合となるモノや、そもそもそんなに需要の高いモノが生み出せない場所だったりしました。

そのため、イギリスはほとんど放置プレイでした。結局、自営農民や商人が集まる地域となりました。

因みに、この特色の違いがアメリカ史に重要な意味をもたらしたりします。

13植民地の外にはフランス領とスペイン領の北米植民地がひかえていました。

特にフランスとイギリスは犬猿の仲で、この北米でも植民地争奪戦を繰り広げていました。

 

13植民地の政情は最初の中は安定していました。フランスの直接的統治に比べ、イギリスは自治権や土地所有権を植民地の市民に与えていました。

この状態をフランスのサドっぷりを揶揄して「有益なる怠慢」と言いました。そのため、本国との摩擦はあまりおきませんでした。

これは、フランスとの対立を見据えて植民地の協力を求めやすい状態にする狙いがありました。

実際この後の1755年~63年にヨーロッパでは七年戦争、北米植民地ではフレンチ=インディアン戦争が並行しておき、イギリス側が勝利しました。

これによって、北米大陸からフランス領植民地を排除することに成功しました。

 

高まる独立の機運

しかし、イギリスはこれらの戦争で莫大な戦費がかかり赤字国債を発行していました。(その額13000万£)

因みに勝っても負けても結構イギリスは戦争後に赤字になります…

これを、植民地に肩代わりしてもらおうと何かにつけて13植民地に課税の御触れを出しました。

そのため、どんどんイギリスからの締め付けが強くなり、本国では自由を求める機運が高まり、独立を訴え始めました。

 

13植民地内でも、この独立や統制に対しては意見が割れました。

大まかに、忠誠派と愛国派そして中立派がいました。

イギリス本国の与党トーリー党に忠誠を誓い既存の利益を守ろうとする側が忠誠派、それに対立する野党ホイッグ党が支持するのが愛国派です。

 

そんな中、1773年に茶法というイギリス東インド会社に輸送・販売を独占させる法律が施行されました。

これに反発して起きたのがボストン茶会事件です。

愛国派の若者の一人が先住民に扮して東インド会社の船を襲撃し、積み荷の紅茶を海中に投げ捨てました。

これに報復し、イギリスがボストン港を強制閉港させました。そして、さらに厳しい法律も施行されました。

この後の1775年にレキシントン=コンコードの戦いが起き事実上の独立戦争が始まったのでした。

この時の独立軍総司令官が後の初代大統領ワシントンでした。

 

まとめ

今回は、13植民地の背景から独立前夜までをまたしてもざっくりと解説しました。

さらにざっくりにすると


 

国力の増大・市場の開拓・貿易の活発化のため拡大したい

植民地をふやそう

「フランスもいんのかよ~!」植民地に良くしてあいつ倒すわ

勝ったけど借金しました。

同情するなら税よこせ。

13植民地激おこぷんぷん丸。

その怒りは茶箱を海に投げ捨てるレベル

イギリス逆ギレ

13植民地激おこスティックファイナリアリティぷんぷんドリーム


といった感じです。

13植民地の市民はアメリカの代名詞である「自由」を掲げはじめました。世界史的にもこの戦いは大きな意味を成しますね。

次回は、想像の通りアメリカという国家が誕生します。

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