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アメリカの歴史をおさらいしようぜPart3

独立から国家の形成へ

前回、イギリスと13植民地の関係を中心に見ていきました。

今回は、13植民地の独立を見ていきましょう。

ちょっと長くなるかもしれません 汗

独立戦争

1775年のレキシントン・コンコードの戦いから、独立戦争がはじまります。

以後、1783年まで独立戦争は続きます。

1776年7月4日、独立宣言が出されます。

今では、Independence Day「独立記念日」として祝日になっています。

 

この独立宣言は、イギリスの哲学者ロックの思想を取り入れた現代の法律の基礎の一つでもあります。

主に、近代民主主義の基本原理が盛り込まれており、ロックの抵抗権に基づいて、生命・自由・幸福追求権を訴えています。

ついでにこの時のイギリス国王ジョージ3世をディスっていたりもします。

 

戦争の初期はアルマダ艦隊を倒すほどの海軍力を持つイギリスが植民地の海岸線を圧倒していました。

しかし、海を隔てて攻め込む側のイギリス軍は海から陸への兵の展開がうまくできなかったようで決定打に欠けてました。

そして何より、総司令官のワシントンの情報・諜報戦略がイギリスを翻弄していました。

又、イギリスはこの独立戦争を国家の一内紛としか見ておらず本腰になるまでに時間がかかりました。そのため、武装も旧式でした。

独立戦争と海外の反応

さらに、この戦争の背景には、イギリスを取り巻くヨーロッパ各国の意図も絡んでいます。

当時、植民地政策によって様々な国とイギリスは対立していました。そのため、各国は13植民地が優勢と見るや否や、援軍や武器貸与などを行いました。

フランス・スペイン・オランダは利害関係の一致から軍事支援を行いました。

特にフランスが一番積極的に支援した国でしたw

その他ヨーロッパ各国も、ロシアのエカチェリーナ2世の呼びかけで武装中立同盟を結成し、イギリスを孤立させようとしました。

 

これ等の後ろ盾によって植民地軍とイギリス軍の軍事力差は埋められ、最終的に1781年のヨークタウンの戦いでほぼ決着がつきました。

その後の1783年のパリ条約で独立承認となりました。

 

この戦争には、ヨーロッパ各国だけでなく、主人の奴隷である黒人や周辺の先住民も両軍について戦い合いました。

しかし、独立宣言では植民地側についていても奴隷・先住民の権利は保護されませんでした。

その上、イギリスがパリ条約の交渉材料に同盟を結んでいた先住民の土地を割譲したため新たな戦いに発展しました。

因みにフランスはこの戦争の支援で国家財政に止めを刺され、フランス革命の一要因となりました…

 

アメリカという国

さて、ここでアメリカという国が本格始動するわけですが、ほとんどこのあたりでアメリカという国の性格が形作られています。

これ以降のアメリカはありとあらゆる方面で規模が拡大していきますが、その根底はここまでに歴史にあります。

 

アメリカという国は移民の国です。「本当のアメリカ人は先住民」というジョークが飛ぶほど様々な国の人が入り混じっています。

なので、基本的には顔でアメリカ人という判断はできず、判別するにも「~系」という属性を必要とします。

日本では、日本人による日本人の国家であることは歴然としています。少なくとも江戸時代末期に日本人という言葉ができたあたりから日本人がアイデンティティです。

多くの他の国も同じような感じです。その土地に集まった同じような人種によって半ば自然発生的に国家ができているはずです。

しかし、アメリカはそのような集団を統一する原理がありません。

そこで必要とされたのが「アメリカという国を作った動機」建国の理念でした。

アメリカを主題とした書物や映画で度々耳にするのが建国の理念です。

 

建国の理念

では、アメリカという国を作った動機はどこにあったでしょうか。

 

先ず一つ目にピルグリム・ファーザーズです。

かつて、ヨーロッパに宗教改革の嵐が吹き荒れた時代にイギリスもまた、イギリス国教会というキリスト教の一派への入信を強制しました。

その時に反発しイギリス国教会と距離を置いたのが彼らの始まりです。

当然彼らは迫害されたので、信仰の自由を求めてアメリカ大陸へ渡りました。

彼らが政府を樹立する際に個々人の意思を尊重して交わしたメイフラワー誓約は社会契約説の上に成り立っていました。

又、彼らはプロテスタントでもあったため、聖書に基づく自由主義や個人主義を是としていました。

 

二つ目にトマス=ペインの『コモン=センス』です。

――しかしイギリスとの結合から受ける損失や不利益は計り知れない。

――なぜならいささかでもイギリスに従属したり、依存したりしていると、大陸は直ちにヨーロッパの戦争や紛争に巻き込まれるからだ。

――公然の断固とした独立宣言以外には、現在の事態を速やかに解決できる道はないのだ。

『コモン=センス』トマス=ペイン著 小松春雄訳 岩波文庫

ここから分かる通り、植民地側に対して束縛、抑圧した悪法の数々は「自主・独立」といった考えに発展していきました。

そして、最後に最も重要なのが独立宣言ですね。

ここで謳われている全ての人は平等であるという観点から生命・自由・幸福追求権はアメリカ合衆国憲法修正10ヶ条に表れていますね。

これら10ヶ条は「権利章典」と言われています。

イギリスの抑圧から逃れてこれらの理念を体現する場がアメリカであり、建国の理念なのです。

その理念の下に集まった人々が作った国ですので、この理念を記した文献や統治機構、国家、国旗で国民としてのアイデンティティを共有しています。

このような日本とは少し違った生い立ちですので、アメリカという国を理解しにくかったかもしれません。

まとめ

13植民地はイギリス軍の不手際とワシントンの指揮・戦術、外野の妨害で軍事力差を埋めることができ独立を掴みとりました。

ここまでの13植民地の独立の背景がアメリカという国の元となっています。

それは、

  • プロテスタントと自由主義・個人主義。とりわけ、ピルグリム・ファーザーズの持ち込んだ社会契約説
  • トマス=ペインによる啓蒙
  • 権利章典

でした。

さて、ここまで読んで下さった方はおそらく「いやいやいや、全然矛盾してるじゃん!」と思ったことでしょう。

確かにその通りで、すでに黒人と先住民はハブられているのです。

これ以降のアメリカの歴史はある意味で、この矛盾とどう戦うかの歴史でもあるのです。

 

おまけ

もし、このあたりの歴史に興味が出た方がいましたらこのあたりの作品にあたるのがおすすめです。

きっと、事前知識があるので楽しめますよ。

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