君の好奇心はその程度か?

暇と学びと好奇心

好奇心を殺してしまった…

知的好奇心が湧くときってありませんか?

ふと、何か知りたくなる瞬間です。

しかし、大抵はその場で解消できないと忘れちゃうんですよね…

好奇心を殺すこと=学びの機会を殺すことだと思うんですよね。

そんな私の反省を込めて、今回は、暇と学びと好奇心の話です。

 

 

暇と学びの関係

暇とは、余った時間の事。

古代ギリシャ語では暇をスコレーといいました。

これが、後のスクールの由来となります。

スコレーは単なる暇ではなく、自己を充足させるための自由な時間やそれらの行為そのものを総称するもので尊いものでした。

そのため、学校、芝居、哲学などをスコレーと呼びました。

これには、古代ギリシャ文化の背景が深くかかわっています。

古代ギリシャの身分階層は市民と奴隷に大別されていました。

ポリス(今で言う都市)によって慣例は違いますが、基本的に奴隷はモノとして扱われていました。

代表的なポリスであるアテネでは、市民の奴隷所有は当たり前であり、アテネの総人口の約1/3は奴隷でした。

さらに、債務による没落市民、戦争で連れてこられた異民族達も奴隷階級に加えられました。

奴隷は市民の所有する農地や鉱山で働かされたり、剣奴として見世物になったり、家政奴隷(メイドのようなもの)として働いたりもしました。

さて、生産活動の殆どを奴隷が行ってくれるとなると市民は時間を比較的自由に使えるようになります。

暇な市民達は、討論や学問、運動等に花を咲かせました。

それがいつしか哲学や自然科学に発展し、人類史に寄与しました。

どうやら、暇が学びを生んでくれるみたいですね。

なんか5億年ボタンの話を思い出しました。

 

 

現代はスグに好奇心を満たせるのに…

古代ギリシャの人々は、莫大な時間を議論と研究に費やして学問を育てていきました。

しかし、今はグーグルせんせーがエンターキー一発で教えてくれる時代ですね。

それこそちょっとした暇にちょっとするだけで好奇心を満たせます。(それがまた好奇心を生みますが。)

暇が好奇心を学びにつなげるといった感じでしょうか。

意外とこの好奇心の種はふとした瞬間に、あらゆるところで生まれてるんですよね。

仕事中に、「もっと効率的にできないのか」とか思ってるんですよね。

ただ、忙殺されたり忘却したりします。

現代なら、たった数十秒で解決できるかもしれないのに。

私もまた、「あれ?さっき何を考えていたんだっけ?」ってなるんですよね。

非常にもったいないですね。自分の知見を広げるチャンスだったのに。

 

 

まとめ

結論としましては、何かメモできるものを持ち歩こうという個人的な反省です。

暇なときに学びのチャンスがあります。

できれば、四六時中暇!ってのが理想なんですが。

そうも言ってられないので、好奇心の萌芽を書き留めておく癖を付けなきゃならないなと思いました。

そして、暇なときにその好奇心を解消し学びにつなげたいと思いました。

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